int(2170951)
string(4428) "![]()
| ■ 『 桜井兵五郎の古文書 』 石川県/富山県 A級戦犯 戦前史料 詳細 石川県出身の政治家・実業家 桜井兵五郎の古文書、中島機械株式会社・高原開発協会・大原山工事設計書・編羊改良案説明書・コリエデール種による蒙古羊改良試験・日本鋳物株式会社などに関する史料です。 追加画像はヤフーフォトに載せています。 → ヤフーフォト □ 桜井兵五郎 1880~1951 大正から昭和期の実業家、政治家。衆議院議員、国務大臣、石川県会議員。 石川県鳳至郡柳田村(現:鳳珠郡能登町)で桜井源次の長男として生まれる。1911年3月、早稲田大学政治経済学科を卒業。1915年4月、日本タイプライター会社(現キヤノンセミコンダクターエクィップメント)を創立し常務となる。その他、北陸毎日新聞社長・副社長、北日本耐火煉瓦社長、日本観光社長などを務めた。 1913年7月から1915年4月まで石川県会議員となる。1915年3月の第12回衆議院議員総選挙に石川県郡部区から立憲同志会に属して出馬し当選。1916年11月27日、大審院で衆議院議員選挙無効訴訟事件の上告が棄却され議員を退職[1]。その後再選挙となるが再び当選[2]。第13回総選挙でも再選された。その後、1928年2月の第16回衆議院議員総選挙から1942年4月の第21回総選挙まで6回連続で当選した。所属政党では、立憲民政党総務、同党政務調査会長、同党幹事長、翼賛議員同盟総務などを務め、戦後は日本進歩党に所属した。 また、1931年4月に第2次若槻内閣の商工参与官。1932年、金沢市の湯涌温泉で白雲楼ホテルを開業する。 1934年10月、岡田内閣の拓務政務次官となる。太平洋戦争を迎え、1942年3月、陸軍省事務嘱託(親任官待遇)・第15軍司令部付・軍政顧問に就任しビルマに赴任。1945年4月、鈴木貫太郎内閣に国務大臣(無任所)として入閣した。 戦後、1945年12月にA級戦犯容疑者として拘留されたが、1947年9月に釈放された。 1951年2月11日、日本タイプライター本社の社長室で死去。享年70。 状態 経年の汚れ、傷みなどあります。 発送方法 ゆうパック60サイズ お支払方法 三菱東京UFJ銀行 / ゆうちょ銀行 / Yahoo!かんたん決済 ・オークションに参加される方は下記の注意事項をご確認ください。 ・骨董品という性質上、商品の状態は経年の汚れや傷みのある場合が一般的でございます。 一つ一つの汚れや傷みを全て記載し説明することは難しく、多くの画像を掲載することで補っています。画像にてご判断いただき、骨董品にご理解のある方のみご入札お願い致します。 ・掲載画像は明暗・色温度などを現物に近くなるよう調整しておりますが、お使いのパソコンの設定や閲覧環境によって明暗・色合が異なって見えます。 ・記載寸法は手測りのため多少の誤差があります。 ・評価が新規の方や評価の悪い方は、予告なくご入札を削除する場合が御座います。 ・商品についてご不明な点などございましたら、ご入札前にご質問ください。※即決についてはお断りしております。 |